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	<title>Ogishima Blog &#187; Arts</title>
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		<title>新国立美術館 第42回日展</title>
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		<pubDate>Sat, 04 Dec 2010 15:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogishima</dc:creator>
				<category><![CDATA[Arts]]></category>

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		<description><![CDATA[日展は、日本美術展覧会の略称で、1907年（明治40年）の第1回文部省美術展覧会（略して文展）からはじまり、帝展、新文展、そして日展と名称を変えながら、100年以上もの歴史をもつ日本を代表する美術展覧会である。 毎年秋になると、洋画家で、高校時代の恩師である根岸右司先生から招待状を届く。その展覧会に足を運び、先生の作品を拝見するのを楽しみにしている。 根岸右司先生は1938年埼玉県生まれ。埼玉大学美術科を卒業後、渡邊武夫先生に師事した。高等学校の美術の教鞭をとりながら、油絵を光風会展、日展に発表し、高い評価を受けてきた。北海道の凍てつく寒さのなか廃坑や原野を描き続けている、雪の画家である。現在、日展評議員、光風会理事。 根岸右司先生の今年の出展作品は「率土」であった。北海道の厳しい寒さのなか広大な真っ白な雪原が広がり、強風が吹き荒み木々がなびく。光輝く雪原にはところどころ褐色の大地がのぞく。雪原の向こうには、力強く突き出した岬と荒々しい海がみえる。凍てつく大地の厳しさと凛とした美しさがそこにはあった。 高校時代に美術室のアトリエを訪ねると、根岸右司先生はいつも鋭い眼光で、キャンバスに対峙し、厳冬の雪の廃坑を描いていた。訪ねてきた私に気づくと、温かい眼に戻り、アトリエに迎え入れてくださた。作品を拝見しているうちに、高校時代にこうしてアトリエで、北海道の冬の廃坑を描くキャンバスのまえで、人生や生き方について話を伺ったことを思い出した。 教え子であろうか、建築家の小田宗治さんによる雪の画家 根岸右司で先生の作品やプロフィールをみることができる。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://sysbioevo.org/ogishima/blog/wp-content/uploads/2010/12/20101205_0.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-350" title="第42回日展ポスター" src="http://sysbioevo.org/ogishima/blog/wp-content/uploads/2010/12/20101205_0.jpg" alt="" width="297" height="327" /></a></p>
<p>日展は、日本美術展覧会の略称で、1907年（明治40年）の第1回文部省美術展覧会（略して文展）からはじまり、帝展、新文展、そして日展と名称を変えながら、100年以上もの歴史をもつ日本を代表する美術展覧会である。</p>
<p>毎年秋になると、洋画家で、高校時代の恩師である根岸右司先生から招待状を届く。その展覧会に足を運び、先生の作品を拝見するのを楽しみにしている。</p>
<p>根岸右司先生は1938年埼玉県生まれ。埼玉大学美術科を卒業後、渡邊武夫先生に師事した。高等学校の美術の教鞭をとりながら、油絵を光風会展、日展に発表し、高い評価を受けてきた。北海道の凍てつく寒さのなか廃坑や原野を描き続けている、雪の画家である。現在、日展評議員、光風会理事。</p>
<p>根岸右司先生の今年の出展作品は「率土」であった。北海道の厳しい寒さのなか広大な真っ白な雪原が広がり、強風が吹き荒み木々がなびく。光輝く雪原にはところどころ褐色の大地がのぞく。雪原の向こうには、力強く突き出した岬と荒々しい海がみえる。凍てつく大地の厳しさと凛とした美しさがそこにはあった。</p>
<p>高校時代に美術室のアトリエを訪ねると、根岸右司先生はいつも鋭い眼光で、キャンバスに対峙し、厳冬の雪の廃坑を描いていた。訪ねてきた私に気づくと、温かい眼に戻り、アトリエに迎え入れてくださた。作品を拝見しているうちに、高校時代にこうしてアトリエで、北海道の冬の廃坑を描くキャンバスのまえで、人生や生き方について話を伺ったことを思い出した。</p>
<p>教え子であろうか、建築家の小田宗治さんによる<a href="http://oda-archi.com/negishiyuji/">雪の画家 根岸右司</a>で先生の作品やプロフィールをみることができる。</p>
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		<title>東京芸術大学美術館「絹谷幸二 生命の軌跡」退任記念展</title>
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		<pubDate>Sat, 09 Jan 2010 15:00:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogishima</dc:creator>
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		<description><![CDATA[絹谷幸二氏は1974年当時史上最年少で安井賞を受賞し、若手洋画家として期待されて最前線で制作を続け、20年以上に渡り東京芸術大学絵画科油画で教鞭をとってきた現代日本を代表する洋画家。アフレスコ絵画の日本における第一人者。その絹谷幸二氏の東京芸術大学の退任記念展に行ってきた。 絵画作品、立体作品など約50点が、初期の油彩の作品から、大学時代の卒業制作「蒼の間隙」(1966)、イタリア時代のアフレスコ習作、最新の作品までが展示されていた。大学の卒業制作「蒼の間隙」は、スキューバーダイビングをしていた学生時代の、蒼い色調の幾何学的な世界である。それが、イタリア・ヴェネツィア留学を経て、氏の独特の豊穣な色彩の世界が開花する。 （氏の故郷である奈良の）仏様に囲まれた町を歩いていると、都だった時代はまさに匂うがごとく、色彩が乱舞していたと想像できました。平和な町には色があり、その色には人々の心を発奮させたり鎮めたりする力があります。しかし、戦地や砂漠など厳しい環境では色は失われる。色彩を駆使することは難しいけれど、だからこそ過酷な世界に身を置き、苦しさを躍動する力に変えてきたつもりです。 豊穣な色彩の作品群、例えば、立体作品である&#8221;Open the Box of Pandora&#8221;(1990)は溢れんばかりの氏の思いが伝わってきた。一方で、昭和18年生まれの氏がかすかに感じられた戦後の焼き後のにおいを作品にとどめた「ノン・ディメンティカーレ（忘れないで）」(1994)は重苦しいモノトーンとも言える作品だった。氏の若い頃の愛、生と死の悩みを描いた蒼の時代から、イタリア・ヴェネツィア留学を経たあとの、劇的に変化した色彩の横溢の時代へ入り、リンゴをモチーフに死んでゆく万物・無常、それに平和や戦争を描きながらも、浄土や天国、喜び、寺社仏閣、花などを描く「生命の軌跡」に圧倒された。 実は、この展覧会は、併設されていた他の展覧会のついでに寄ったのだが、むしろこの展覧会に出会えたことを感謝している。1/19(火)まで東京芸術大学美術館で開催されている。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>絹谷幸二氏は1974年当時史上最年少で安井賞を受賞し、若手洋画家として期待されて最前線で制作を続け、20年以上に渡り東京芸術大学絵画科油画で教鞭をとってきた現代日本を代表する洋画家。アフレスコ絵画の日本における第一人者。その絹谷幸二氏の東京芸術大学の退任記念展に行ってきた。</p>
<p><a href="http://sysbioevo.org/ogishima/blog/wp-content/uploads/2010/01/20100110_0.jpg"><img class="alignnone size-full wp-image-24" style="border: 1px solid black;" title="絹谷幸二 生命の軌跡 ポスター 表" src="http://sysbioevo.org/ogishima/blog/wp-content/uploads/2010/01/20100110_0.jpg" alt="" width="219" height="300" /></a><a href="http://sysbioevo.org/ogishima/blog/wp-content/uploads/2010/01/20100110_1.jpg"><img class="alignnone size-full wp-image-21" style="border: 1px solid black;" title="絹谷幸二 生命の軌跡 ポスター 裏" src="http://sysbioevo.org/ogishima/blog/wp-content/uploads/2010/01/20100110_1.jpg" alt="" width="219" height="300" /></a></p>
<p>絵画作品、立体作品など約50点が、初期の油彩の作品から、大学時代の卒業制作「蒼の間隙」(1966)、イタリア時代のアフレスコ習作、最新の作品までが展示されていた。大学の卒業制作「蒼の間隙」は、スキューバーダイビングをしていた学生時代の、蒼い色調の幾何学的な世界である。それが、イタリア・ヴェネツィア留学を経て、氏の独特の豊穣な色彩の世界が開花する。</p>
<blockquote><p>（氏の故郷である奈良の）仏様に囲まれた町を歩いていると、都だった時代はまさに匂うがごとく、色彩が乱舞していたと想像できました。平和な町には色があり、その色には人々の心を発奮させたり鎮めたりする力があります。しかし、戦地や砂漠など厳しい環境では色は失われる。色彩を駆使することは難しいけれど、だからこそ過酷な世界に身を置き、苦しさを躍動する力に変えてきたつもりです。</p></blockquote>
<p>豊穣な色彩の作品群、例えば、立体作品である&#8221;Open the Box of Pandora&#8221;(1990)は溢れんばかりの氏の思いが伝わってきた。一方で、昭和18年生まれの氏がかすかに感じられた戦後の焼き後のにおいを作品にとどめた「ノン・ディメンティカーレ（忘れないで）」(1994)は重苦しいモノトーンとも言える作品だった。氏の若い頃の愛、生と死の悩みを描いた蒼の時代から、イタリア・ヴェネツィア留学を経たあとの、劇的に変化した色彩の横溢の時代へ入り、リンゴをモチーフに死んでゆく万物・無常、それに平和や戦争を描きながらも、浄土や天国、喜び、寺社仏閣、花などを描く「生命の軌跡」に圧倒された。</p>
<p>実は、この展覧会は、併設されていた他の展覧会のついでに寄ったのだが、むしろこの展覧会に出会えたことを感謝している。1/19(火)まで東京芸術大学美術館で開催されている。</p>
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